料理人という職業

久しぶりに近所の図書館の分室に寄ってみれば、住んでいる市の図書館が新築されるのが影響してか、蔵書がごっそり減っていた。
大人用の棚に比べて、まだ児童書の棚のほうが本が並べてあるので、子ども用の料理書を眺めていると、『うまいぞ!料理人』(くさばよしみ著 高橋由為子画 フレーベル館)というタイトルの一冊が目についた。
 自分が小中学生の頃には、「なるにはシリーズ」(ぺりかん社)という、子どもが憧れる職業についてのガイド本がどこの図書館にも置いてあり、小学生の時は愛読したものだが、今やこの手の本は、偶然がなければ絶対読まない本である。
 この本もよく見ればペリカン社の『料理人になるには』も参考文献にあげてあるが、実際のシェフや料理長に取材した情報をもとにしてはいるものの、従来のようなルポルタージュ風ではなく、子どもが関心を持つような、構成にしてあった。
 「料理長の道」と題した章には、まず、フランス料理のステップアップの説明がある。ゲームの攻略図のような絵が添えられている。まず見習い、次にアントルメティエ(野菜の皮むき係)、ガルドマンジュ(下ごしらえ係)、ロティスリー(焼きもの係)、ポワソニエ(魚料理係)、ソーシエ(ソース係 シェフの右腕)とそれぞれ段階の説明があって、次は日本料理で一人前になるまでの、追い回し、八寸場、回し場などの七段階の解説がある。
そして中国料理を見ると、急に、見習い、デシャップ、まな板、なべの四段階となっているが、大人としては、何の料理哲学が反映されて、段階が多かったり、短かったりするのか、気になるところだ。
後半のQ&Aに「料理人に向いてるのは、どんな人ですか?」とあり、日本料理の料理人歴8年のEさんの答えが八個のスピーチバルーンに記されている。
第一条件は「食べることが好き」に続いて、「体力がある」「協調性がある」「てきぱき動ける」「がまん強い」「集中力がある」「先が読める」「負けずぎらい」と何だかアスリートの条件のようである。
 いろんな生産者や加工業者の最終ランナーに料理人は位置していて、「おいしい」という言葉を聞くのが、仕事を続けるモチベーションだと結ばれていた。
 ちょうど、一緒に読んでいた『クロワッサン2014年2月10日号』(マガジンハウス)の「わたしきのうきょうあした254」に「湯島食堂」店主、本道佳子さんの記事(文・一澤ひらり)が載っていた。以前、船越英一郎の番組を観ていた時に、この食堂が紹介されていたことを思い出した。出演者が熱心に料理を紹介していたが、たぶん、肉好きで、こってり系が好きそうな船越は、さほどでもといった様子で野菜料理をつついていたっけ。
 1964年生まれの本道さんは、料理を学んだことはなく、25歳でニューヨークに行き、最初は行きつけのケーキ屋から始まり、さまざまな飲食店で働いてシェフになったという。「ハドソンリバークラブの」スーシェフを経験後、西海岸でオーガニックの料理に出会い、その影響から、今、湯島食堂で出している料理も植物性メインのものらしい。
 記事は、東日本大震災二週間後に湯島食堂を訪れた女性が、出された料理に感動し、後に店のマネージャーになったという、店で起こる「そんな小さな奇跡が湯島食堂では日常茶飯事だ」という紹介から始まっている。では、実際に作られている料理はどうなのだろう、とWebで評判を見ると、玄米菜食に慣れた人にはその丹精が分かるといったメニューのようだ。
 本道さんの信条がこう紹介されている。「お母さんが毎日作る食事には、子どもが元気に育つように、平和で明るく生きられるようにという願いが、無意識のうちに込められていますよね。私はそれをお店でやりたいだけなんです。野菜料理を食べて自分にとっての素敵な未来、『私ってこんな感じ』を想像してもらいたいんですよね」
 今、「料理人になるには」という本が子どもに書かれるとしたら、双六のような上がりではなく、料理を仕事にする人には多様な価値観があるということを伝えてもらいたいものだ。 
 湯島食堂では従来「ミラクルランチ」としていたものを最近、「ライクディッシュ」に改めたという。そのほうが確かに感じがいい。
 言葉では到底伝えられない領域へのコミュニケーションが料理ならできるということを、どんなへなちょこな料理人でも一度は経験する。それを当たり前のことにしていっているのが、湯島食堂の一皿なのだろう。
2014.2.9