マイファーストクッキングブック

 書店に小田真規子さんの『はじめてでも、とびきりおいしい 料理の基本練習帳』(高橋書店)が出ていたので、手に取ってみる。はじめにを読むと、あらゆるジャンルの料理本をたくさん出し、テレビでもよく見る小田さんは、料理の世界でもう20年のキャリアを積んでいるという。
 この本は「ちゃんとした料理が作れるようになりたい」という近年になってよく耳にする声に応えて書かれたものだそうだ。まずはレシピに沿ってきちんとつくり、自信の核を自らに持とうといった読者に対する真摯な言葉の後に、「一生を80年とすると、ご飯を食べられる回数は8万7600回。このうち何度、自分のため、あるいは誰かのために料理を作るのでしょう。きっと、その数は少なくないはずです」という文章を見つけ、著者の食事に対して抱いているだろう切なる気持ちに共感した。
 そういえば、曽野綾子の『太郎物語 大学編』にも同じような台詞があって、その昔、おおっと思ったものだった。『太郎物語』は、曽野の息子の三浦太郎がモデルの小説で、広岡瞬が主演でドラマ化もされたと記憶している。1951年生まれの太郎氏が名古屋の南山大学文化人類学を学んでいた頃の話だから、40年近く前のことだろうか。フレイザー金枝篇などを読む一方で、タンシチューなど料理にも凝る食いしん坊の大学生太郎が、生涯の食数を確か10万食と弾き出していた。食に関心の深い人は、皆同じようなことをつい考えてしまう習慣があるのだろうか。
 『-料理の基本練習帳』には、シチューは見当たらなかったが(続編があるのでそちらにあるのかもしれないが)ハヤシライスの作り方を見てみた。この本の一番の特徴は、プロセスカット(作り方に添えられる手順説明の写真)が本当に丁寧につけてある。大抵の本は、初心者の読者が読み込むのは最初のほうだだろうと想定しているのか、最後のほうのレシピやプロセスカットは、以下同文のように省略気味になるものだが、この本は、料理初心者が、必ずしも料理本の順番に作るとは限らないということをよく分かっているようだ。どこから作っても大丈夫な内容になっている。ハヤシライスのレシピを見ると、牛肉を炒める時の加熱時間については「フライパンに油を中火で熱し、牛肉をざっと広げて入れ、表裏1分ずつ焼いて取り出す」となっていて、「中火」「1分」は頭に残るように赤字にしてある。仕上げのところも「-煮たったら弱火で10分煮る。」というように初心者が一番苦心する「加熱」に配慮が行き届いている。
 料理を作る渦中は、慌ただしいこともあって、料理のレシピを広げることやスマホで見ることも、まずない。そして、自分の中には、明治時代から昭和30年代の人のように「料理本=心を楽しませるために読むもの」という意識が強いので、本当は、実用に徹したものより、料理家の人生観や世界観が伝わってくる本を手にすることが常だ。
 まあ、しかし度々迷いの森に入り、味見で何とか凌いでいる毎日を省みると、自炊生活の最初に、羅針盤のような一冊が備えてあれば、こころ強いのではなかろうか、と思って、新生活特集に華やぐ書店の料理棚に立って読み比べをしてみた。どの本も初心者のためとうたいながらも切り口がいろいろで面白い。急にハンバーグを頭から推したり(このIさんは、洋食が代表作だからな…)、炊飯を細々説明する本があったり(夢がない)、初心者も使えるとかいって、字ばかりの中身で出来上がり写真が美しすぎる(ハードルが高いどころか背面飛びを要求されているようだ)等々、散々楽しませてもらって、『-料理の基本練習帳』を含めて三冊手にいれた。小田真規子さんの本と双璧なのは、牧野直子『料理の教科書ビギナーズ』(新星出版社)だろう。大づかみなレシピの脇に細かい説明が併用されていて、どんなタイプの読者にも対応できる感じである。プロセスカットも細かいが、定番メニューが急にプロセスカット抜き、レシピもあっさりになっていて、そこは絞って丁寧さを貫いたほうが良かったのでは?と無責任な読者は思うのであった。初心者にとっつきやすく、「肉野菜炒め」から始まり、写真も分かりやすいし、丁寧なレシピという『お料理1年生の基本レシピBest121』(主婦の友社)は、新規撮影分が広沢京子さんという30代に人気のある料理研究家が担当とあって、よく見るとセンスのいい本である。シリーズものだから仕方がないのかもしれないが、書名と表紙を変えたらきっともっとたくさんの人が愛用するだろう、と誰にも頼まれていないのに食事も忘れて読み比べるのであった…。
2014.3.2