ハイカラさんの苦悩

ハイカラさんの苦悩 料理家、飯田美雪の自伝、『食卓の昭和史』(講談社)を読んでいると、大正の初め、父親の仕事の関係で、平壌にいた飯田が女学校を卒業して東京に戻り、兄たちの食事の世話を始めた頃の感想に目が留まった。「この頃の生活で私がいちばん…

祖父より受けつぐ

梅雨に入ると、故郷では、天気の具合によって、朝に夕に田んぼの水を調節していたものだ。 今年は梅雨寒で、発熱したとか、咳が続くとか、胃がちゃぽちゃぽする、汗も出ず身体が冷える、汗が出ず口内炎が出るなど、身近にすっきりしない体調の病人が続出、毎…

給食にもドラマあり

グループホームというところは、介護や介助の必要な人をたくさん抱えた家族のようなものだから、一人一人の細かいオーダーを把握するのがちょっとした苦労である。病院や調理場のある施設では、調理師が栄養士の立てた献立を見ながら必要に応じて料理を刻ん…

梅雨の痛み

知人が、車を洗っている時、腰に衝撃が走ったと言って浮かない顔をしていた。机の前に座っている時はさほどでもないように見えたが、立ちあがった時の腰をひいて痛みをやり過ごす様子を見て、あっと思った。「今、帰らないと動けなくなるよ」と忠告をしたと…

マイファーストクッキングブック

書店に小田真規子さんの『はじめてでも、とびきりおいしい 料理の基本練習帳』(高橋書店)が出ていたので、手に取ってみる。はじめにを読むと、あらゆるジャンルの料理本をたくさん出し、テレビでもよく見る小田さんは、料理の世界でもう20年のキャリアを積ん…

芋の皮むき今昔

映画『武士の献立』のパンフレットには、新井素子が観賞記を寄せている。言及しているのは、夫婦のありようについてだったが、依頼した人は、新井の近年の夫婦を題材にした作品を書いたものでも読んで思いついたのだろうか。新井素子のベストセラー作品を読…

ダレガツクル、ダレニツクル

料理は親やパートナー任せで、インスタントラーメンすら出来ないという三十代後半の知人がいる。パートナーの妊娠中も周囲の手を借りて過ごしたらしいが、そっちのほうが余程やりくりが大変そうだ。皿洗いや炊飯器の扱いはできるらしいのに、なぜ出来ないと…

年の瀬に小林カツ代を想う

年末は上京して神保町に行くことを楽しみにしていた頃があった。 本を買い込み、御茶ノ水駅から中央線に乗って吉祥寺に初めて行った時のこと、ちょうどお昼時で、めざしていたカレー屋が閉まっており、隣の小林カツ代のお粥のお店(今は閉店)に立ち寄った。お…

まずいものは駄目です

1986年に暮らしの設計シリーズから出た『土井勝の料理学校』(中央公論社)に、当時帝国ホテルの料理長だった村上信夫と料理家の土井勝の対談が収められている。 両者ともテレビではにこやかで温和な人物だった印象だが、この対談は、野菜の流通や農協に物申す…

春は食欲、本2冊

様々な書評欄に、篠田直樹『シノダ課長のごはん絵日記』(ポプラ社)が一斉に取り上げられ、 話題になった頃、一度書店で手に取ったことがある。 著者の仕事柄(旅行会社勤務)のためだろう、パラパラ見た前半がヨーロッパの食の記述がびっしり、その後が有名な…

料理人という職業

久しぶりに近所の図書館の分室に寄ってみれば、住んでいる市の図書館が新築されるのが影響してか、蔵書がごっそり減っていた。 大人用の棚に比べて、まだ児童書の棚のほうが本が並べてあるので、子ども用の料理書を眺めていると、『うまいぞ!料理人』(くさ…

春の病室

身辺に入院する人があり、暫く付き添いをしていた。 必要なものを買い集め、検査も終わり、点滴が始まると、そこから時間が経つ速度が極端にゆっくりになる。 食事時になると隣のベッドの人にミックスジュースのようなものが入った筒が用意される。胃ろう用…

あの日のやきそば

仕事の一部であるグループホームの朝食づくりも、時と共に経験値が上がるにつれ、何とか軌道に乗ってきたが、諸事情から少しハードルがあがった。他のホームにも配食する必要が出て作る量が増えたためである。 食数が増えても、朝食なので、ヘビーローテーシ…

盃をほした詩人

いつまでもコートをしまえないような気候も一段落したと思ったら、あわただしい年度末がつむじ風のようにやってきた。オズの魔法使いのドロシーよろしく急に新年度の平原に放り出されたかと思えば、もう桜が散りそめている。 こんな時期に読むと、しみじみと…

『家なき娘』の春

長浜に遊びに行き、たまに立ち寄るお灸のショールームに寄った。いつもは、よもぎ茶を飲んで、手のツボに火を使わないお灸を貼って憩う程度の利用なのだが、今回は上岡龍太郎を彷彿とさせるきびきびしたお灸の練達が居たために何か様子が違った。「よく来て…

何を探してこの道を

ピック症候群の妻を介護する男性がテレビで紹介されていた。六十も後半に差し掛かった妻が急に甘いものを好んで食べ出し、おかしいなと思っていると豆腐や大根など毎日同じものばかり買うという不可解な行動が増えていく。そしてついにピック症候群に特有の…

食べて飲んで愛を歌えば

イギリスのオーディション番組で、初代の優勝者となり、今は歌手となったポール・ポッツの自伝的映画「ワンチャンス」が公開された。 映画を観る前に、ポール・ポッツが自分よりいくらか年下であることを知った。本人も「まだ生きているうちに自伝的映画が作…

イスキアはいずこに

五月の初め、ついでがあって、吉母という浜を訪れた。 連休中のよく晴れた日だったが、人影といえば、海辺では子どもが二、三人釣りをしているくらいだった。海水浴の季節以外は誰も来ないのだろうか。 砂の透けてみえる透明な海が珍しくて、何にもない浜を…

一皿が紡ぐ縁

狐野扶実子『世界出張料理人』(角川書店)は、 駐在員の妻であった著者が料理を学び、 三ツ星レストランの副料理長を務めた後日譚が収められている。 縁に導かれるままに出張料理人に業種転換した筆者の五年間の挑戦 は、まさに孤軍奮闘という言葉がふさわし…

お弁当箱と手紙

映画「めぐりあわせのお弁当」は、リテーシュ・バトラ監督が、インドで120年前から始められ、今に続くダッパーワーラー(お弁当配達人)のドキュメンタリーを作ろうとしたことが、製作のきっかけだったという。 主人公の一方が狭い台所にこもりきりの主婦イラ…

マリアからアリスへ

ここ数日、職場の冷蔵庫の野菜室に、大きな赤かぶが鎮座していた。どこかの誰かががよいしょ、よいしょと抜いてきてくれたのだろうか。漬物にしたら20人前はゆうにありそうな大きさゆえ、食事を調える時間の枠では、処理しきれないままだった。 しかしさすが…

市振の海は つぶての鳴る音がした浜に鰯の子は呼ばれ 潮だまりに残されて跳ねる きりもなく舞い降りる 鴎きつね石ばかり拾っていたら 土地の人から 小礫を手渡された これを探しているのだろうと それは確かに 角ばって重い浜を離れて駅へ つぶての音はかす…

温故知新をいただきます

「きょうの料理ビギナーズ」のテキストを初めて手にした時、その余白の多いつくりに驚いたものだが、小さなコラムで紹介されていた「温故知新で食べてみた」というブログが、とりわけ印象に残った。昔の料理書や主婦雑誌の料理記事の紹介だけでも興味のツボ…

注意して服用下さい

ケストナーの『人生処方詩集』を探したが見つからない。たぶん何度も買っているのに、一冊の痕跡すら見つからない。本屋にもない。仕方なくワンルームをひっくり返していると、『ケストナー短編 小さな男の子の旅』(小峰書店)が押入れから発掘された。 「小…

焼き菓子の魔力

実家に帰ると、大抵明け方頃、台所のほうからモーター音がしてくる。母がフルーツケーキの生地をミキサーで攪拌しているのだ。 昭和五十年代、台所にガスオーブンが普及するに伴って、日本の家庭に、おはぎやまんじゅう以外の、手作りお菓子ブームが起きた。…

食べることも愛することも耕すことから始まる

雑誌を見ていたら、以前よく出かけた雑貨屋の店主の消息が載っていた。意志的なまなざしが印象に残る女主人は、数年前、料理上手なパートナーと共に山間部に移住したという。記事は、結婚の良さを伝える趣旨のもので、前のめりな相思相愛が強調されていたが…

太鼓腹の謀主と呼ばれた人

梅雨にさしかかるこれからの季節は、気候のせいで身体がだるくなりがちだ。こんな時期は、ビタミンの補給に豚肉を食べるといいと聞いたことがある。しかし、今年はエルニーニョの影響で、冷夏という噂はどこへいったのやら、6月に入ってもう30度を越えてい…

BENTOにかぶりつけ!

大抵の人が、学校時代の話が出ると、「牛乳のテトラパックを飲み終わると、男子が踏んづけて破裂させてたねー」だの「カレーライスがまた食べたい」など、郷愁と共に給食のことを語ったりする。 そんな時、「興醒めではなかろうか」と危惧しながらも、実は仕…

手料理と人生史

数年前、電車待ちの間に「奥様は大学生」という香川京子が主演の映画を見た。学生結婚にまつわる一騒動という設定の話だったと記憶している。 夫役の木村功が、やっと大学は出たものの、実務にはてんで役にたたないサラリーマンを演じていた。妻役の香川京子…

四十九日は誰がために

昔、住んだことのある瑞浪がロケ地と聞いて、上映中の「四十九日のレシピ」を観に行った。 伊吹有喜の原作はロングセラーになって、ポプラ文庫に収められている。以前に読んで、物語の舞台を、愛知の海沿いの街としてイメージしていたので、瑞浪という山間で…