温故知新をいただきます

きょうの料理ビギナーズ」のテキストを初めて手にした時、その余白の多いつくりに驚いたものだが、小さなコラムで紹介されていた「温故知新で食べてみた」というブログが、とりわけ印象に残った。昔の料理書や主婦雑誌の料理記事の紹介だけでも興味のツボを刺激されたが、「で、食べてみた」と実際に作って食べるまで載せたところが、頗る面白く、ここ数年、楽しみに読ませてもらっていた。
 いつか書籍化しないのか…というのが、このブログのファンの共通する思いだったが、この11月、願い叶って、先頃、主婦の友社から『温故知新で食べてみた』はめでたく刊行された。
 主婦の友社の料理編集部が寄せた序に、筆者の山本直味さんのブログ執筆の動機が次のように書かれている。「昭和初期の和洋折衷料理をできるだけ忠実に再現したい。というポリシーから材料を遠方へ探し訪ねることもあれば、ほぼ1日がかりの時間を費やし調理することもあるらしい。たとえば後々、これらレシピをアレンジして料理研究家を目指したい、なんてことは微塵も思わず、口に合うかどうかもわからない未知の料理に、時間とお金と手間をかける。本書と同タイトルのブログを立ち上げ、7年間。一人でも多くの人に、この理屈を超えたエネルギッシュな昭和初期前後の料理を知ってほしい、興味を持ってほしい、と200点近くを作ってきた。」
 例えば「胡瓜のコロッケ」は「監修:童話家 天野雉彦氏夫人 天野てるの 主婦の友 昭和六年八月號「新鮮な夏の野菜料理の作り方」」と出典が示され、「で、食べてみた。食べた瞬間は衣のサクッとした歯触り。その次に胡瓜のシャキッとした歯触り、(略)香ばしいのに水っぽい料理なんて初めて。かなり面白い味です。」と評価をつけ、「胡瓜の茹で加減がコロッケの出来を左右しそうですね。」と作成して得たコツや「これは無理では…」という感想が添えられている。ちなみにこの料理は深夜のバラエティで取り上げられ、出演者の評価は低かったそうだ。しかし、山本さんは星を三つつけているので、本当はおいしいらしい。昔の料理を興味本位で取り上げて、「まずい」と笑ってみたりするのは簡単ではあるけれど、山本さんが目指しているのは、このバラエティとは異なる領域のようである。
 このコロッケを作った天野てるのは、
他にも「玉子カレー煮マッシュポテト」などが紹介されていて、「料理研究家列伝」として経歴も記されている。「夫に美味しい料理を食べさせたい、病弱な子供の体を丈夫にしたいという思いから栄養料理などを学び、ついには料理塾を開くまでになった。」
この料理家列伝は、小さな囲み記事ではあるけれど大変興味深い。
秋穗敬子(東京割烹女學校長)、ハリス夫人(ハリス・ヨシノ 陸軍大學教官ハリス氏夫人)、大下あや子(父は同志社大学元総長の海老名弾正氏)など、この本で紹介されなければ、きっと、主婦の友社の書庫で埋もれていた人々が、改めて名前を記されているのは感慨深い。何せ歴史とは連続しているものだから、私たちが適当に作るハンバーグや酢豚なども、昔の人の試行錯誤あっての完成形なのだということがよく分かる。
 2006年のブログを始めるにあたって、山本さんは一文を載せている。仕事の参考資料で手にした昔の婦人誌の付録のレシピ集を見ていたら「その内容の面白さにだんだんと目が釘付け」という目覚めがあり、明治中期以降、料理研究家達が「一般家庭でも洋食に親しんでもらえるかと思案した」結果生み出された「和洋折衷」料理のチャレンジャーぶりに「これってどんな味」という興味を掻き立てられ、ブログを始めるに至ったとあり、7年後の今になって見ると、新しい扉の前に立つ武者震いのような思いが綴られているように感じられる。
 自分は、昭和三十年代~五十年代の料理書を読むのが好きなのだが、『温故知新で食べてみた』を読んで、きっと明治から脈々と続く、料理研究家の情熱のレセプターが自分にも埋め込まれているのだろう、と自覚できた。こういう未来に現れる読者のために、どんな小さいレシピにも料理家の名前を記すことを編集する人には、唐突ではあるが、お願いしたいものだ。 
 新刊を読んだ感想をツイートしたことから、「レシピがある料理などは、ぜひお時間のあるときに作って食べてみてください」と著者の山本さんから言葉をいただいた。「本当に美味しいんですよ、コレ。」とあった「胡瓜の炒め煮」(横山せき子)をまずは作って食べてみようと思う。
2017.11.24