新春騒動

正月は子規の『仰臥漫録』を読み、「臥して味わう」というテーマで何か書くことを思いついた。夏葉社さんの『冬の本』に天野祐吉が、谷内六郎の限定版の病床日記があると書いてたな…と普段は夕方にしか行かない県立図書館に出かけ、あれこれと本を読んでいたら、車谷長吉が、既に子規と上林暁の病床の食欲について書いている。(「文士の魂」)しばらく熟読していたところ、館内放送で「岐阜5〇〇〇〇〇黄色のマーチの方」と呼び出され、読書は中断、車に戻ると警官が。そのうちパトカーまで横づけ。あっけにとられていると、そばに来た図書館の人が説明してくれた。置き引きが発覚して、警察に連絡したあと、念のため駐車場を見回ったら「あなたの車の窓が…」何で壊したのか穴がボッコリあき、スプライトの瓶の色の直方体の粒がざざっと車内にこぼれている。
 何か取られてませんか?と矢継ぎ早に聞かれる。「はい…何もないようです…何でこんな貧乏にきまってる車の窓を割るんですかねぇ」先に置き引きにあった人は鍵をしていなかったので何か盗られたらしいが、窓はやられなかったらしい。「ああー!鍵なんかしとかなきゃよかった…何でこんな貧乏人の車の窓を割らんでもいいじゃないですかね」口から出るのは、同じことばかり。警察も相槌が打ちにくそうにしている。これは、他の車を狙えばいいのにという具体的な気持ちで言ってるわけでもなく、単なる詠嘆なのだが、窮地では、要らざることが口に出るものだ。
「確認のため」割れたガラスを指差している写真を撮られ(どんな顔をしたらいいんでしょうあの場合)、被害届の訂正を拇印で五ヶ所押し(拭くものがなかったのか、ノートの余白で指を拭いてと言われたのが印象に残る)、駐車場の監視カメラには録画機能がないという絶望的な情報を聞き、一連の手続きは終わった。図書館の用務の人がビニールで器用に窓を塞いでくれたが、吹き込んでくる一月の風は冷たい。車屋は休み。手続きがあるので、二日はこのままだ。
 ガラスを割られたのはショックだったが…のんきなことを言うようだが、それ以上に、図書館で心ゆくまで本を読む時間を奪われたのが悲しかった。平日、図書館が開いている時間は働いているので、なかなか行かれない。たまに図書館に行ってもすぐ蛍の光が鳴り出し、いつも何かしら心を残しながら帰るのが習慣だ。図書館で、充分読書を堪能したなぁ、などと思う日は数年間で幾日もない。やっと訪れた至福の時間だったのだ。ちくしょうだよ…返してもらいたいよ…
 それにしても、警察の人が、取るものがなかったのなら、運転席から遠い場所を、なぜ壊したのだろうかと不思議がっていたが、運転席に座って落ち着いてくると、左後部のガラス窓を割るとは、やはりおかしいな…とやっと思えて来た。しばらく後、混乱から立ち直った頭で、よくよく思い返すと、年末年始に読もうとして手をつけかねていた本をいれた袋が見当たらない。 どうやら『墨汁一滴』と『病牀六尺』の文庫本が入った エコバッグを泥棒は持っていったようだ。
飛び散ったガラスの掃除には手を焼き、窓代には保険が使えず、踏んだり蹴ったりのような後日談も加わった。
窓を破って文庫二冊取るなんて賢い方法だろうか、犯人さん。そして県立図書館の駐車場には録画できる監視カメラを是非設置して貰いたい。これが、とんだ新春騒動顛末でした。お粗末。