移動動物園

佐藤泰志。『海炭市叙景』が昨年の10月に文庫化されたことに続いて、この4月、小学舘文庫から『移動動物園』、河出文庫から『そこのみにて光輝く』が相次いで刊行された。
デビュー作だという『移動動物園』。主人公は内心を語らず、次々と見たものが投げ出される。夏日は輝き、また翳り、動物達はせわしく繁殖し、いわれなく殺戮される。最初は、唐突な会話と『ぐるんぱのようちえん』ばかりが目についたが、 再読の後、実現不可能な夢にしがみついて生きる男と、「なぜあんなのがいいんだ」と周りに思われ、我が身を嘲笑いながら、それでもどうしようもなくついていく女、80年代的な素敵な物語は何もなく、光と影を行きつ戻りつ生きている人物達にリアリティを感じた。
文庫に所収の『水晶の腕』も、傍らに生きる人を主人公に置くために、語り手はつぶさに対象を眺めているが、唐突に言葉を放ち、人を求め、渇望や喜びは、感じられるがエモーショルなものが薄い。かつての時代の読者には共感しづらい切り取り方の物語ばかりだ。ここには、地に足を着けたくてもそうはいかず、日々の糧のために刹那的な瞬間を人生とし、その間に間に人を求める‥むしろ今の私たちがが描かれている。
佐藤泰志の誕生日に寄せて。