初校の金沢


 詩集『二月十四日』の 初校に向かった金沢は吹雪の彼方にあった。北陸本線は暴風のためにあちこちで止まったが、夜半の列車の乗客達は長閑な風情でビールなどをあけ、アナウンスのない時間に苛立つこともない。私も駅で買ったウエッジ文庫の犀星を読んだり、眠ったりと、久しぶりにのんびりとした時間を持ったのだった。
武生あたりは毛布のような雪が、ふっかりと車窓一面に広がっていたが、金沢では雪は霙になっていた。 龜鳴屋・勝井氏と奥様に午後9時頃に対面した。初校に力んで大雪の合間、無謀に訪れた迷惑な詩人をお二人はあたたかな笑顔で迎えて下さった。8番ラーメンで、冬限定というサンラータンメンをお二人からのお薦めを聞いて、いただいた後、明日以降の作業の時間を簡単に確認した。勝井氏はかつて出版に関わる仕事をされていた時に、美貌の奥様と知り合われたそうだ。 NHKが「美の壺」の特装本の特集で龜鳴屋さんを取材したおりに、カメラマンが一番熱心に撮ったのが、竹垣を模した本のために奥様が竹を編まれているシーンだったそうで、勝井氏は「本編とは何の関係もないんですよ」と言いながらも、どこか嬉しそうにしておられる。甲子園でも似たような現象が起こりますから、カメラマンの気持ちも分かりますと言いながら、その晩は宿に戻った。
 泊まったホテルは大浴場が最上階にあり、金沢の街が一望できた。時おり、雪で真っ白になる空に、恐ろしい程の稲妻が間断なく走った。鰤おこしという言葉から、冬の雷とはゴロゴロとした遠雷のようなものかと思っていたが、百聞は一見にしかず。それはそれは激しい風物詩なのだった。その雷を聞きながら湯につかると、遠い時代に恋人を連れ、雷が轟く海を持つ町に住んだ詩人をなぜか追想したのだった。そして詩をガラスに書きとめた。ここで終わればロマン(?)があり、書きっぱなしでいいんだけど、それを携帯に落とすところが、詩人としては風流に欠けている。

金子彰子(かねこしょうこ)詩集『二月十四日』龜鳴屋(かめなくや)刊は以下からご覧いただけます。
http://www.spacelan.ne.jp/~kamenaku/