檸檬鶏片

食堂には
生まれた家の
戸棚のかおりがあった

肝油と
花梨酒と
小麦粉が一袋
しまってある
水模様の磨り硝子の向こう側に手をのばす
湯気のたつレモンチキンはなぜ
昭和四十八年の
芳香を知っているのだろう


姉のスプーンは単調なライン
弟のスプーンは
シャベルカーに似ていた
潔癖な白木の母の箸
父の箸は螺鈿だったか
戸棚の中の
箸入れに
姉弟の箸はあったのか
先の赤い竹の箸ばかり
よみがえってくる
戸棚のにおいを嫌って
箸を洗うのが習慣づき
昭和の家族はとがめたがそんな子どもは
多いのだけど


後の世の
レモンチキン
鶏に胃を縮めた日もあったのに
今となっては
頬張るほどに
フォークを突きたてる