まずいものは駄目です

 1986年に暮らしの設計シリーズから出た『土井勝の料理学校』(中央公論社)に、当時帝国ホテルの料理長だった村上信夫と料理家の土井勝の対談が収められている。
 両者ともテレビではにこやかで温和な人物だった印象だが、この対談は、野菜の流通や農協に物申すといった風で、当時の食の流行に対して、さまざまに警鐘を鳴らしている。
 この中の、栄養学重視の風潮についての会話が、普段の食事作りで頭を悩ませている自分にはピリッと参考になった。
 「村上 私のように料理をする者の立場からすると、たとえばキャベツは1枚1枚はがしてサッと洗って刻み、冷水に放してパリッとさせて食べますね。が、それは栄養学的にはビタミンが逃げてしまうからいかんと、栄養学の先生はいう。でも私は、おいしいものを食べたほうがいいと思うんです。」
 「土井 そう、そうなんです。栄養的には、切らずにそのままポリポリ食べたほうがいい。でも、それじゃあ、おいしくないですよ。やっぱり基本は、おいしいかまずいかですよね。おいしければ胃が働いて消化しようとする。ところがまずければ消化吸収が悪い。それに、おいしければ量もたくさん食べられるでしょう。私は、食べものというのは、絶対においしいというのが基本だと思うんです。そこに栄養というのがついてくると思うんです。おいしいものには栄養があるんですよ。」「村上 おいしいと消化液も出て、消化吸収が無駄なくできますしね。まずいものは駄目です。」
 大御所二人の「まずいものは駄目です」語録には非常な説得力がある。
 「村上 栄養、栄養といっても、見るからに食欲をそそらないものが多いですね」
 「土井 先生ね、私は1年に3日、人間ドックに入るんですが、院長先生と懇意なものですからね、私、こんな食事したら病気になるっていうんですよ(笑)検査中だからやむをえないとしてもね。いつ作ったのかわからない冷たいものを食べさせられる。病人食というのは、健康な人の食事以上においしくなければいけないんですよ。」
 いやー人間ドックに来られる病院の厨房もプレッシャーだったろう。
 今活躍の土井家の方が同じことを言っても、人に合った発言だなと思うくらいだが、土井勝に「こんな食事したら病気になる」などと言われたら、料理人は相当堪えることだろう。それで病院の食事が向上したという後日談がありそうな気もする。
 最近は、人に料理を作るのもただの作業になりがちだった。そんなところへ「まずいものは駄目です」とは、まあ響きますよね。
2014.9.17